速報!ジャニー喜多川氏永眠。「騒がれない訳と「キムタク」が毎日通う訳!」の追記

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2019年6月18日の昼過ぎ、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川氏が都内マンションから、病院へ緊急搬送されたとのニュースを聞いた。多くの所属タレントも病院に駆けつけたと。

意識はあまりなく、質問にも答えられない様子だったとか。

そして、7月1日、くも膜下出血で入院したと発表した。解離性脳動脈瘤の破裂によるもので、現在も入院治療を続けているという。一連の報道が出て以降、ジャニーズ事務所から公式見解が出たのは初めてになります。

マスコミが騒がない訳

それは、ジャニー喜多川氏の徹底した「裏方に徹する」という神髄の賜物である、と私は思います。「タレントが一番、自分は裏方だ」という、お人柄が、マスコミをも騒がせない徹底ぶりにしている。

1931年10月23日生まれの87歳のジャニー喜多川氏。何事もないに越したことがないけど、87歳といえば、何事があっても仕方のない年齢ではある。

日本の芸能界を動かすほどの経営者のジャニー氏が緊急入院とすれば、連日、マスコミは報道しそうなものだけど、何も、どこの放送局も放送しない。

タレントやマスコミ関係、お世話になったかたへの配慮・心配りには音楽関係者は関心をするほどだ。ある音楽関係者は、こんな話をしている。「長年取材をしているマスコミ関係者にはプレゼントを欠かしません。自分が本当に気に入った食べ物や家電を贈ることが多いです。コンサートの打ち上げでのケータリング一つにしても注意を払い、お寿司など豪華なものを用意する。簡単なもので済ませようとする業者には「それはダメだ!」をアドバイスをすることもある。と。

徹底した「裏方ぶり」はまだある。2011年に、「最も多くのコンサートをプロヂュース人物」20212年には「最も多くのナンバーワンシングルをプロヂュースした人物」として認定されている。

が、ギネス世界記録にはキャップにサングラス姿。菊田一夫演劇賞特別賞を受賞したときは堂本光一が代理出席した。

オーデションでもほかのスタッフに交じって準備をし、彼らの話し方や仕草を観察してから、オーデションに望む。裏方としての仕事は徹底している。

今回に関しても、本人なのか、スタッフなのかわからないが、「報道をしない」裏方に徹底信号を出しているのではないかと推測します。

何も言わず毎日通う「キムタク」の姿

6月18日渋谷のマンションで倒れ、救急車で都内の病院に緊急搬送され、多くのタレントが病院に見舞いに訪れたという報道と共に、名前が上がりったのは、東山紀之さん、中居正弘さん、木村拓哉さん、滝沢秀明さん、ほかメンバーの名前、グループ名が言われている。

そんな中で、何も言わず元・SMAPの木村拓哉さんは、連日病院に通っているということです。

昨年の自身のラジオ番組でも、木村さんが髪の毛を染めた際に、頭を押さえつけられて、黒のスプレーで髪を染められたという過去があった」と共演した、二宮和也さんに楽しそうに話していました。

いろいろ、あった、いろいろある木村拓哉さんですが、「真が一本」通っているところが、多くのスタッフ、俳優仲間、ジャニーズの後輩たちにも慕われているところかと思います。

今回の病院通いも、自分の意志で、恩師であるジャニー喜多川氏を見舞い続けているんだろうと思いますね。人とのかかわりあいのなかで、あくまでも「黒子に徹する」「裏方に徹する」姿勢は、ジャニー氏の生き方から学ぶところも多かったはずです。

d有名な話ですが、ドラマの撮影中、「木村拓哉の控室」は使わない。いつも、スタッフや、共演者と一緒にいる。差し入れも、ジャニー氏がマスコミやスタッフのことを考えていたケータリングのような感じらしいですよ。

形ではない、本質的な人間関係を木村拓哉さんには感じますね~。

「ジャニーさん愛」は不滅

タレントの多くは「ジャニーさん愛」が強いです。理由は「偉ぶらない」「謙虚」「親近感」でしょうか?

メンバーとハンバーガーを一緒に食べに行く。スーツは、ラフな格好で社長然として威張っていない。

収録やコンサート現場に行くとき、かならず小銭を持っていく。小銭があれば、すぐに自動販売機で飲み物を買ってあげられるから。少しでもホッとしてもらいたいというジャニー氏の優しさを感じますよね。

こんな些細なことでも、自分たちが、自分が愛されている、大事にされているって思います。そんなことを感じ取らせてくれる人柄なんです。そして、ジャニーさんがいるから、自分たちがいるって理解し、尊敬し、恩人(父親のような)だと思っている。

ジャニーさん愛は不滅なんです。

ジャニー氏の生い立ち

本名は「喜多川擴(ひろむ)」1931年、日本人の両親の間に、アメリカ・ロスアンジェルスで生まれました。父親は僧侶。2歳の時一家は帰国しますが、戦後、ロスに渡航。

1950年、父親がロスに寺院を造り、そのステージに日本の芸能人を呼んで講演する際、サポートをする機会があり、ショービジネスの世界へ進んだとみられます。

その後、日本のアメリカ大使館に勤務する傍ら、少年チームを作り、そのチームのメンバーを芸能界へデビューさせる形になっていきます。

それが、あおい輝彦ら4人組「ジャニーズ」でした。懐かしいですね、私の時代です(笑)

ジャニー氏は歌って踊れるグループにするためにレッスンに通わせ、ついに1964年にデビューさせます。ジャニーズ事務所はその前の1962年に創業されています。

1968年には「ファーリーブス」がデビュー。そのバックダンサーから郷ひろみが誕生していますよ。

日本のエンターテイメントの構造はジャニー氏が創り上げたといっても過言ではありません。ジャニー氏がいなければ、日本のショービジネスは、何十年も遅れていたことは間違いないです。

現在は青山パークタワーの34階最上階(7億円)に2部屋。一つは自宅。一つは合宿所や来客用。超呼吸タワマンの最上階で合宿とは・・・流石ジャニーズ!

一日でも早く、お元気になって退院なさってまた、「YOUは・・・」って言ってほしいですね~!お祈りいたしております。

追記

ジャニー喜多川氏、永眠。

代表取締役社幾ジャニー喜多川に関するご報告

 平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。

 弊社代表取締役社長ジャニー喜多川につきましてご報告がございます。

 2019年7月9日午後4時47分、都内病院におきまして、ジャニー喜多川は、永眠いたしました。

 享年87歳、死因は、解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血でございます。

 ジャニーは、自身が育てたタレント達を応援してくださるファンの皆様やご支援くださる関係者の皆様に支えていただくことにより、自身の創作活動が成立し、日々、タレントの育成に励むことができていることに、日頃より大変感謝いたしておりました。ジャニーに代わりまして、心より御礼申し上げます。

 2019年6月18日午前11時30分頃、自宅におきまして体調の異変を訴え、病院に向かおうとしたところ意識を失い、救急搬送されました。搬送後、集中治療室におきまして懸命な救命措置を行っていただいたことにより、一般病棟に移ることができましたため、病院のご協力もあり、ジャニーは、自身にとって子供のような存在でございますタレントやJr.との面会を果たすことができました。ジャニーがタレント達と過ごした病院での日々は、かけがえのない時間となりました。新旧、様々な楽曲の流れる病室におきまして、年長のタレントからJr.までが同じ空間でジャニーとの思い出を語り合う、微笑ましく、和やかな時間が流れていきました。片時もジャニーが寂しい思いをしないよう、仕事の合間を縫ってタレント達は入れ替わり立ち替わり病室を訪れました。ジャニーの好物を皆で賑やかに食べることが日課となり、その光景と匂いからまるで稽古場にいるかのような感覚を覚え、皆、懐かしい記憶がよみがえりました。ときに危険な状態に陥ることもございましたが、タレント達が呼びかけ、体を摩るたびに危機を脱することができました。タレント達と過ごすことでジャニーの容体が一時的に回復するという奇跡的な出来事を繰り返し目の当たりにし、改めまして、ジャニーのタレントに対する育ての親としての深い愛情と子供達との絆の強さを感じました。そして、最愛の子供達の愛に包まれながら、2019年7月9日午後4時47分、ジャニー喜多川は、人生の幕を下ろしました。

 ジャニーは病に倒れる直前まで、劇場やスタジオに赴く日々を過ごしておりました。特に公演を目前に控えたJr.達に、連日、熱心に指導する姿はジャニーのプロデューサー人生そのものであり、まさに生涯プロデューサーとしての人生を全ういたしました。

 1962年ジャニーズ事務所の創業以来、ジャニーは一途にエンターテイメントの創出に励んでまいりました。ジャニーのエンターテイメントに欠かすことができないのはタレントです。これまで多くのタレント達を生み育ててまいりましたが、一貫しておりましたことは、タレントとしてだけでなく、一人の人間として成長することを強く願っておりました。現在では、多くの皆様に支えていただくことで創業当時では考えられない程多くのタレントが、様々な分野で活躍させていただいていることにいつも感謝いたしておりました。

 ジャニーが私達に最後まで言い続けていたことは、自身の意思を受け継いでくれるタレントを絶え間なく育成し、そのタレントと社員が、エンターテイメントを通じて世界中の皆様に幸せをお届けすることこそが、ジャニーズグループとして決して変わることのない思いであるということです。そして、世の中がいつまでもエンターテイメントを楽しむことができる平和で希望に満ちた未来であり続けることを心から願っておりました。これからタレントと社員がその意思を受け継ぎ、一人一人が役割を果たすことで世界中にジャニーの願いが届きますよう、タレントとスタッフ一丸となり、精進してまいりますので、何卒ご指導賜れますと幸甚に存じます。

 改めまして、ファンの皆様、そして関係者の皆様には心より感謝申し上げます。そして、この入院期間中におきまして、ご尽力くださいました病院関係者の皆様はじめ、ご支援くださいましたすべての方々に心より御礼申し上げます。

 通夜・告別式につきましては、ジャニーの子供でございますタレント達とJr.のみで執り行う家族葬とさせていただきますので、何卒ご理解賜りたく存じます。

 なお、これまでお世話になりました皆様にはお別れいただく機会をご用意する予定にしておりますので、決定次第、ご案内申し上げます。

 大変恐縮ではございますが、個別のお問い合せ、取材につきましては差し控えてくださいますよう、何卒ご理解とご協力の程、よろしくお願い申し上げます。

 2019年7月9日

 株式会社ジャニーズ事務所

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